東京高等裁判所 昭和27年(う)2933号 判決
記録を調査するに、原審第一回公判調書によると、昭和二十六年六月十日の原審第一回公判期日においては、被告人並に被告人の原審弁護人(主任)H、同S、同O出頭の上開廷され、被告人は被告事件に対する陳述として事実は認めますがそれには種々事情がありますと陳述したことが認められ、原審第二回公判調書によると、被告人は同年六月十九日の原審第二回公判期日において、最終陳述として無罪の判決を賜りたいと陳述したことが認められることはいずれも所論のとおりである。しこうして当審証人榊原展成に対する当裁判所の尋問調書によると、前記のように原審第一回公判が開廷され、検察官の起訴状の朗読があつた後、被告人は起訴状記載の公訴事実に対し、予め弁護人と打ち合せた通り、株券を担保として差入れたことは認めるが、それは権利があつてしたもので、横領したものではないと述べたところ、原審裁判官は横領を否認した点は事実に反するのではないかと発問したことから、裁判官と弁護人との話合により一時休廷することとなり、その休廷中被告人は、在廷した弁護人三名と協議の上被告人の陳述としては公訴事実を認める陳述をすることとし、これに基いて被告人は再び開廷された原審公判廷において、曩の陳述を改めて事実はその通り相違ないがそれには事情があると陳述したものであることを認めることができるのであるが、原審裁判官が所論のような経緯の下に、被告人に対し否認の陳述の撤回を促し、不利益な陳述を強要した形迹は記録上これを確認することができないのである。もとより原審裁判官としては、被告人が任意に供述をする場合には何時でも被告人の供述を求めることができるわけであるが、このように、被告事件についての被告人の冒頭陳述の直後において被告人に対し否認した点は事実に反するのではないかと発問したことは、被告事件について裁判官が予断又は偏見を抱くものではないかと疑われる虞があつて妥当でないこと勿論であるけれども、被告人の再度の陳述は右のように、被告人が、被告人の権利保護の任に当る弁護人三名の立合つている公判手続において、弁護人三名の意見を聴いた上陳述したものであるから、自ら事件に対する陳述として有利な陳述であるとの見地の下にその陳述をしたものであると認められることを考えると、その陳述を目して所論のように任意性を欠く疑のあるものと速断することはできない。従つて原審の訴訟手続には所論のように憲法第三十八条第一項に違反する違法があるということはできないし、又原判決が判示事実認定の証拠として被告人の原審公判廷における自供を援用していてもこれを以て刑事訴訟法第三百十九条第一項に違反したものということはできないのみならず、仮令被告人の原審公判廷における自供に所論のような違法があるとしても、原判決の認定した事実は、被告人の原審公判廷における自供を除くその余の原判決挙示の証拠によりこれを認めることができるのであるから、所論の法令違背の点が判決に影響を及ぼすものと認めることができないのである。それ故論旨は理由がない。